vol.20『砂糖菓子になった歌姫』
03/20/2001配信
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ALOHA!
みなさんお元気?
MerryTOCO仲ホドさとこです。
ひっさしぶりの「とってもOKINAWANな話 」、
またまたやってきました。いつもとっても個人的な沖縄話を書いているんですけど、
今日も、VERY MerryTOCOの個人的な話。でもとっても旬。
でも平和通りあたりのガイドにもなるよ。
いつも長い前置きはこのへんで。
色とりどりなお花がそろそろ咲いてきて嬉しいEVERYDAY!
なんだかDOGもCATも待ち遠しかったお日様を思いっきり浴びるかのように昼寝している。
そんな姿を見つけるのが最近のMY BOOM。
まわりの人が恋にがんばったりしている姿を見ると、ほのぼのポカポカなお日よりになってきました。
すべてのものがやさしくなれるSEASONが、やっと来ましたNE。
今日なんて、外の縁側で2時間ばかり気持ちよく寝てしまいましたもん。
それではお久しぶりに、
それゆけ、Here We GOOOO。
Tchau.
byMerryTOCO
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ここからが本文なのさ!! ↓(今までは実はプロローグ。ウプッ。)
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◇ ◆PART20◆◇
『砂糖菓子になった歌姫』
〜CONTENTS〜
●ケーキはお1つ?
●やちむん通り
●ひめゆり通り
●三越から壷屋の道
●宜野湾(ぎのわん)
●ジャンケンで負けて鬼になると泣くが勝ち
●サバニのある風景
●矢切の渡し
●長くみていりゃあいいってモンでもないですけど……
●ショートケーキの上の砂糖菓子
●ケーキは1つ?
SISTER ATSUKOとあたしは年子。
姉が8/10に生まれて8/19にあたしが生まれた。
沖縄は那覇の個人病院。
ドクターとMOMがおもしろがって、
あたしがSISTERと同じ日に生まれるように、と
予定日より早く生まれるように、という薬をMOMは飲んだそうだ。どうせなら同じ日にしちゃおう! って。
でも、バースデーケーキをひとつにされるのはたまらん、
とあたしはがんばって、9日後に生まれた。
●やちむん通り
生まれた頃住んでいたのは、
那覇の壷屋(つぼや)。
国際通りの横丁を入って、平和通りを端から端に抜けると、
やちむん通りという焼き物のお店が建ち並ぶ道がある(ちなみに「やちむん」とは「焼き物」という意味)。数年前にこの道は工事されて、観光用に石畳風の道路になり、一方通行になった。
昔から轆轤(ろくろ)を回す窯元や沖縄のアーティストたちの作品を売るお店がたくさんある。
あたしはここをウロウロするのが大好きで、一眼レフカメラ片手に路地裏へ回ったり、やちむんショップによってはお茶を出してもらってゆんたくしたりする
(「ゆんたくする」とは、沖縄の言葉で「おしゃべりする」の意味)。
●ひめゆり通り
このやちむん通りは端まで抜けると、
「ひめゆり通り」と通称呼ばれている
国道330号線にぶつかって正面にマクドナルドがある(ちなみにここのマックはいつも空いていて、読書する場所、
ちょうどよいカフェなどがない沖縄ではとってもよいひとり読書の場を提供してくれる)。この裏あたりに、生まれてすぐの頃住んでいたアパートがある。
「あった」、ではない。未だにある。
ちょっとピンクっぽい赤っぽい色で、コンクリート建てのアパート。
あたしの歳からして、このアパートは何年ものなんだろう? と不思議になってしまう。そして、もっと与儀公園寄りに歩くと、親戚のオバチャン家がある。
この与儀公園は、
那覇市内で市民大会(政治的なものとかでもそうでないものも)などがよく行われるところで、ふだんはブラブラした人たちや、ゲートボールのおばあおじいがいる。
噂のひとつによると、ホモが多い、とも言われているけど、あたしは確認したことがない。
また、幼い頃あたしは、親に「アナタは与儀公園で拾ったのよ」といつも言われていた。
本当かどうか知らないが、
与儀公園の芝生の上にひとりで毛布に包まれて
スヤスヤ眠るあたし(であろう) BABYの写真がうちにはある……。
●三越から壷屋の道
てなカンジで、生まれたてホヤホヤの年子のsistersは、
最初の生活をこのあたりで過ごした。
大きくなって、よくこの壷屋のオバチャンが言っていたことがある。
というか、今でもよく言っているが、姉は2歳になるかならない頃、
三越の前でFAMILYとはぐれ、1人でオバチャン家に歩いて帰ったそうだ。
親やオバチャンはびっくらこいて、
この子はどんなに頭の良い子になるだろうかねえ、と驚いたそうだ。
国際通りの三越からこの壷屋のオバチャンちまでは、大人の足で約15〜20分。よくやった、姉よ。しかし、はたして頭の良い子に育ったのだろうか?
●宜野湾(ぎのわん) その後、
宜野湾市(沖縄本島中部の島。今話題の普天間基地のあるところ)のほうへFAMILYは引越す。
そこでは1戸建てのHOUSEだったが、その頃のエピソード。
いつも夜寝るとき、階段の下でSISTERとあたしは、
MOMに「おやすみなさい」と言って2人で階段をあがって寝ていた。
あるとき、「おやすみなさい」と言って2人があがっていったと思ったら、
MOMの上にSISTERが降りて(落ちて)来た。
なんと、あたしが階段の上でSISTERを押して落としてしまったそうだ。
はっきり言って悪意を持つような年齢でもなかったその頃、
何を思ってSISTERを押したかは今となっては誰も知るよしもないが、
MOMが下で受け止めてくれたのはラッキーだった。
あたしのせいなのだろうか? 姉が少しヌケているのは……?
この宜野湾の家は、その後人の手に渡ったが、
最近DADと思い出して探してみたが、なぜかDADも探し当てきらなかった。あの頃と道も変わったようで、この家が今もあるかどうかをあたしは知らない。
●ジャンケンで負けて鬼になると泣くが勝ち
宜野湾に住んでいる頃から、近所の子やイトコたちと遊ぶようになった。
鬼ごっこ。
ジャンケンで鬼を決めるとき、あたしは自分が負けるといつもその場で泣いていた。
泣きやまないから、いつもSISTERが代わりに鬼になってくれていた。
なんてまあ、いいSISTERなんでしょう!
生まれた瞬間超元気な男の子かと間違われるほどデカイ声で泣き始めたというあたしの泣き声は、
小さい頃からとってもデカかった。 だから、
そんな声で泣き叫ばれるよりも、自分が代わりに鬼になってあげよう!
という 姉なりの判断だったのかしらん?
●サバニのある風景
うちのどこかにある写真に、幼き頃、
沖縄を離れて育っていた頃、憧れていたものがある。
青〜い海をBACKに、ムチムチパンツをはいたSISTER&あたし。
その横にはサバニ(沖縄の昔ながらの木船のことをこう呼ぶ)。
あどけない笑顔とはこのことだ、と言える幼いsistersと沖縄の海と空と海人(うみんちゅ)の船。
あの写真は今どこにあるのだろうか?
●「矢切の渡し」
那覇と宜野湾で育った後、全国津々浦々で育ったあたしたち。
福岡県北九州市に住んでいる頃、少年少女合唱団に入って歌を習っていた。福岡は九州、と言っても、日本海に面していて、冬は寒いし雪も多い。
毎週SATURDAYコーラスの練習に通うのが特に冬は寒くて、
あたしはいつも泣きながらバス停から子供の足で40分ほどの道を歩いていた。
雪の降るある日、寒すぎてもうおうちに帰れない……、と泣き出したあたしの横でSISTERは、「な〜に〜わ〜ぶし〜だぁよ、おんなの、おんな〜の〜、じんせ〜いぃぃぃぃ〜わ〜」と、突然演歌を歌いはじめた。
一緒に歌おうと言わんばかりに大声で。
そのとき若干小学校2年生だか3年生だった姉は、
なぜこのとき演歌を歌ったんだろう? と今でも不思議だけど、
妹を元気づけようと思ってふと口から出たのがこの歌だったのだろうか?
これは、誰の歌でしたっけ? 細川たかし?
DADの好きな「矢切の渡し(私?)」でもないよなあ……。
それはともかく、もちろんあたしも一緒になって歌って元気よくうちへ帰れたのでした……。
年子のSISTERとあたしは、いつになっても姉は姉、妹は妹。
これからも歌を歌ってくれよな、SISTER。
●長くみていりゃあいいってモンでもないですけど……
あたしは生まれた瞬間からSISTERと住んでいる。
両親と二十歳の頃から離れて暮らすようになっても姉は一緒。
だから、あたしのことをいちばん長くみているのがSISTER。
SISTERをいちばん長くみているのもあたし
(BRO.TAKUを長くみているのもこのオババSISTERS)。そんな姉が北国へ行ってしまう。結婚して岩手へ行ってしまう。
あんな姉をもらってくれてサンキューとVERY VERY感謝しているのだが、
やはり子供じゃないんだから、と思ってもやはりちょっとSISTERをとられる気分。
両手を腰にあてて、「あたしがいちばんお姉ちゃんを知っているんだからね」とエバりたくなったりする。
ホントは大感謝しているんですけど。
THANK YOU、ダンナさん(ちなみに、彼はこのメルマガの愛読者の1人)。
●ショートケーキの上の砂糖菓子
そして、「そんな寒いところに行ってだいじょーぶ?」とSISTERに聞いたら、
大好きな人と一緒なら平気だという。ホンマかいな?
冬は毎日毎日雪を見て過ごすっていうのに……。
そしてこう言う。
「だって砂糖菓子になったみたいなんだよ。雪の中に立っていると、
自分がケーキの上の飾りのお菓子になったみたいで楽しいんだもん」と。
沖縄の那覇で一緒に生まれて育った姉はこんなにも強くなったのか? やはり過酷な北の人って南のホニャララ〜な人より強いのか? って思った。
そうか、砂糖菓子ね、お菓子。
100歳になってもそう思い続けられたらいいね。
☆☆
「姉妹」のことを沖縄の言葉で「うない」と言う。
とってもやさしい響きのこの言葉があたしは大好き。
そして、 あたしのうないよ、
もしまた寒さでこごえそうになったら、デッカイ声で歌えよ。
※SISTER ATSUKOは、この3月17日に結婚しました。
春からは北国岩手へ。
みなさん、これからも(これからのほうが)お世話になります。ペコッ。
〜〜△〜〜
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(C)MerryTOCO
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